スリルがうまれるわけ-人物と読者の関係
『マーシャとくま』(ラチョフ絵、ブラトフ再話、うちだりさこ訳、福音館書店)は、ハラハラ ドキドキの絵本です。
森の中で、道に迷ってしまったマーシャ。くまの家に迷いこんでしまいます。
くまは、ここでずっと暮らすようにと、マーシャをおどします。
まわりは、森で、どっちへ行ったらよいか、わかりません。道を教えてくれる人もいません。マーシャは、どうしたら、家に帰ることができるのでしょうか。
「かんがえて、かんがえて、マーシャは いいことを おもいつきました。」
マーシャはどのような計画をおもいついたのでしょうか。読者は、その計画を知らされていません。マーシャは知っているのに、「わたし」(読者)は知らないという関係が、想像力を刺激します。
マーシャは、おじいさんとおばさんのところに、おかしを持っていってあげたいと頼みますが、くまは「おかしを およこし わしがもっていってやろう」と言います。
しかし、マーシャは、がっかりするどころか、くまの、その言葉をまっていたのでした。でも、なぜなのでしょうか?
マーシャは、おまんじゅうを作り、つづらのなかに入れました。
「とちゅうで つづらを あけたりしちゃだめよ。かしのきに のぼって みはっているわ」。(この一言は、おはなしの伏線です。最後のくまの驚きにリアリティをあたえます。)
マーシャは、くまをおもてに出し、その隙に、そのつづらの中に、こっそり隠れました。
つづらになかに隠れたマーシャ。読者はマーシャと一蓮托生。スリルとサスペンスの読者の体験が生まれます。
そして、歩きつかれたくまが、こう言います・
きりかぶに こしかけて、まんじゅうを たべよう。
すると、つづらの なかから、マーシャが いいました。
みえるわ みえるわ!
きりかぶに こしかけちゃ いけないわ。
おまんじゅうを たべちゃ いけないわ。
もっていくのよ おばあさんに!
もっていくのよ おじいさんに!
この繰り返しが2回ありますが、歌うような調子のリズムがあります。そして、読者である子どもたちにとって、息のつまる時間です。ここで「間」をおきます。そして、この言葉を暗記して、子どもたちの目を見ながら、語るように呼んであげてください。
このあと、くまは、こう言うのです。
「やれやれ、なんて りこうなこだろう!よっぽど たかいところに のぼっているんだな!」(「かしのきに のぼって みはっているわ」と言ったことがここで活きました。)
そして、村にたどり着いたくまは、犬たちに追い払われて、また森へにげていきました。マーシャは、無事に、おばあさんとおじいさんの元へ。
ふたりは、「マーシャを だいて ほおずりすると おりこうさんと、いいました」
読者は、スリルを感じながら、おはなしに自然と参加していきます。
マーシャは知っているのに読者は知らない、くまは知らないのに読者は知っているという、人物と読者の関係が、おはなしへの参加をうみだす仕掛けです。